
先日、房総半島半周ドライブに出かけた話を書いた。朝9時半に自宅を出発し、16時くらいには帰宅する渋滞知らずのノンストレスドライブ。館山道は空いていたので、ちょっとアクセルを踏んでみたり、シフトダウンしてエンジンを回してみたりした。
よくYouTubeなんかで、パドルシフトを使ってエンジンを回している動画を見るが、正直、僕はどうやるのかよくわからん。ちょっとアクセル踏むとすぐに超スピードが出てしまうし(怖いー)、シフトダウンしてエンジン音を楽しみたくても、これまた怖くてすぐアクセルを緩めてしまう。
本当はもっと高回転までエンジンを回してみたいと思うが、いまいち要領がつかめないまま今に至っている。こういうのを猫に小判というのだろうね。でも猫なりに極上な乗り心地を楽しむことができてるし、たまにスポーツモードでウオンウオンと走るのは楽しいもの。
一度、運転の教習でも受けるのが良いのかもしれないが、いきなりサーキット講習会とか言われてもハードルが高過ぎる。こんな子猫な(くどい)オッサン向けにドライビング基礎レッスンをしてくれるような機会ってないのだろうか。
こんな有様なのにアルピーヌA110とかアウディR8が良いなーとか言うのだから、我ながら笑っちゃう。それでも不思議なことにこんなど素人の子猫ちゃんでも、良いクルマに乗るとその良さをすぐにカラダが理解するのだから不思議。なんで、クルマってこんなに楽しいのだろう。
たぶんカラダやココロを含めた、五感に刺激を与えてくれるからなんだと思う。運転して楽しい、その乗り味やエンジン音を聞くのが楽しい、超スピードで空間移動できるのが楽しい。それに加えて、移りゆく景色を特等席から見続けることができる。しかも自分が操縦して、思った通りに行きたいところへ行くことができる。
見て聞いて、カラダでココロで感じまくることがきる、究極の自由満喫装置がクルマなんではないかと思う。それに加えて趣味的な存在、そのスタイルや佇まいにココロを震わさられる不思議な存在。
ほしいクルマって、なんかビビってくる。あーこの車と一緒に人生を過ごせたら素敵だろうなー、そう思うと居ても立っても居られなくなる。そうやって自動車屋さんに向かうと鴨がネギを背負って行くようなもの。
けど、そう言う時に限って押しの弱いセールスマンさんがいたりするとガクッとくる。ここは押してほしいんだよー、なんて声に出さずに思うこともよくあったり。。。
まあ、そうやって出会えたクルマは自分の「今」を象徴している存在、だからこそ愛着を感じるし、自分の分身みたいな存在になる。
今の僕の分身はM440i。これまでの僕は見かけが重要だったけど、一級品の性能を求めたかった自分が今の僕。僕が一級品になったなんてことは全くなくて、それを欲する自分になったと言うこと。
こうやって人は歳をとるし、色々な面で変わりゆくもの。だから人生って面白い、これからもどんどん変わって行く自分でありたいな、そんなことを思います。
