人生はロングドライブ

多幸感あふれる人生を求めて、気づき感じる日々を疾走中

387馬力のM440i 、人は慣れる生き物


最近気になっていることがある。他でもないM440i、乗り始めの頃より加速感が低下している気がするのだ。

 

初めて乗ったとき、同乗していたディーラーのおじさんに「さあ、ちょっとアクセル踏んでみましょうかー」と言われ従ったその瞬間、シートに背中を押さえつけられ飛んでいったあの感覚が忘れられない。加えて、その時のエンジンのなんとも言えない咆哮がカラダとココロに突き刺さった記憶。

 

あれから、道が開けるとちょっとだけアクセルを踏み込む。同乗している家族はむちゃ嫌がる。楽しいのだから仕方がないが、嫌だという人に押し付けてはいけない。極力、ひとりドライブの時、ちょっと登り加減の道、前が開けた時に楽しんでいる。

 

キュイいいーーーーーーんん、というあの感触がたまらない。ちなみに僕は走り屋でもないし、どちらかというとビビりー。なので、すぐアクセルを緩めるが、このまま踏み続けたらどうなるんだろう、なんてことを妄想して涎を垂らす。

 

こんな嬉し楽しいM440iなのだが、その強力な加速力が低下してる気がして仕方がない。あの感覚、感動が少し弱まっているのだ。

 

理由は明白、それは僕が慣れてしまったのだ。あーーーー人間って恐ろしい、ほんと罪な生き物だと思う。あんなに感動したことが、それが日常になることで、いつのまにやら慣れてしまうのです。

 

もっと背中が押さえつけられたはず、もっと強力な加速で前に押し出されたはず、夏に出した点検でエンジンの設定を変えられたのではなかろうか。そんなことを思うが、そんなことは絶対にない。

 

M440iはあの時と何も変わらぬM440i、素顔のままで(@Billyjoel)、あの頃のままの君が好きと星に願いながら、実は変わってしまったのは自分自身。木綿のハンカチーフ、都会に出て行った彼が変わってしまったのと同じように僕も変わってしまったのだ。

 

まあ、そんなことはなくて、どちらといえば変わったというより、このようなハイパフォーマンスカーに乗る中で僕自身の感覚が成長できたのだと思う(でも田舎で待っているあの娘からしてみれば、変わっちゃったよねということになる・・・くどい)。

 

きっと誰しもこういう経験をして愛車遍歴を重ねていくのだろう。M3やM4、いつかはM5に乗りたいという気持ちもわかるし、ベンツに乗ってきたひとがいつの間にやらAMGに行き着く気持ちもよくわかる。

 

でもねー、素のクルマを120%使い倒してきた人なら、それでいいかもしれないけど、僕みたいな素人は、もっとクルマの性能を引き出せるようになってからの話だと思う。実際、M440iのアクセルをベタ踏みしたことすらないもの。

 

クルマのレビュー見ていてもM3やM4はサーキット走行を趣味でする人向けと言ってたりする。これって本当のことで、普段乗りには普段乗りに最適なクルマ選びが大事だと思う。

 

大パワーに慣れちゃったから、もっと大きなパワーのクルマに乗るというのは、言葉は悪いがただの不感症だ。もっと繊細に、もっと純粋にクルマと付き合うべきだと思う。単に慣れるのではなく、互いに感じ慈しみ、お互いに反応しあう関係で居続けたい。

 

それだけ「慣れ」っていうのは恐ろしいいことだと思う。クルマだけの話じゃないよね、肝に命じなきゃねー。

雨上がりのドライブって好き