
最近、一日が終わるのが早い、むちゃくちゃ早い。だからなのか一週間が経つのも早い、むちゃくちゃ早い。このまま僕の人生が駆け足で過ぎ去ってしまうのではないかと怖くなる。
朝起きて、会社に行き仕事をしているとあっという間に一日が終わる。最近は集中力が続かないので、残業はしない、とっとと家に帰る。会議などの予定がない日であれば夕方早めに帰宅し、残りの仕事は家で済ますこともある(とってもお気楽)。
その後、だいたい19時ごろにはお酒を飲み始め食事。ちなみに外で飲む時も最近は早い。5時半くらいから飲んで、20時前に終わることが多い。こんなだから、21時にはもう眠くなる。眠くなったら、もう寝るしかないのでとっとと寝る。そして翌日の5時に起きる。こんな一日だ。
一日が短く感じるのは、実働時間が減っているからだと思われる。集中力の続く時間だ。若い頃は21〜22時まで働くことも普通だったが、いまはそんな非効率なことはできないし、する気もない。
頭が働く時間は有限だということを知ったし、その時間は歳と共に短くなることも知っている。効率的にそして効果的に働くことが最優先。まあ、こういう仕事の仕方ができるのも、それなりに経験を積んだからだし、働き方改革とか言って、働く時間と場所の制限がなくなったからだ。
もう、かつてのような9時〜17時、時間を拘束された働き方はできない。まあ、そうできるのは恵まれているということなんだけど、その環境を全面的に享受すると最近は決めている。一日中会社にいて、非効率な時間を過ごしていても、自分のためだけでなく会社のためにもならない。
こうして、一日はあっという間に過ぎ去っていく。もちろん平日だけではない、休日も同様だ。休日は17時くらいから飲み始めることも多いので、なおさらかも知れない。。。
こんな感じで一週間が終わり、また月曜日から新たな一週間が始まる、その繰り返しなわけだが、冒頭言った通り、このまま僕は人生を駆け抜けて終わってしまうのではないかと恐ろしくなる。駆け抜ける喜びはBMWで十分なのだ(オヤジトーク)。
でもだからと言って、寝る時間を減らしたり、お酒を飲むのをやめたりという気にもならない。僕にはたっぷりの睡眠時間もお酒様との酩酊時間もどっちも必要なんだもん。それをなくしてしまうと人生の満足度が減ってしまうことになるから、単に一日に時間が増えても意味がない。結局、限られた時間で何をするか。それもコンディションのいい状態で。
となると、そろそろ仕事に費やしている時間を減らして、自分の時間に当てたいよねと考える。定年になったら、すべて自分時間になるから、今のうちに(お気楽サラリーマンのうちに)自分の時間を増やすことが望まれる。
なんだけどねー、ここが簡単でない。やっぱ、やることやらなきゃ自分の納得がない。よくワークライフバランスなんていうけど、ワークはライフの一部分。だからワークを含めたライフをどう過ごすのかが重要になる。結局は、自分の満足感をどれだけ高められるかということ。
昨年の8/31、武道館で小沢健二のライフ再現ライブを見に言った。そこで小沢健二は「ライフとは、生きているものの持っている特徴を支える力」だと言った。あれから、この言葉がずっと気になっている。
僕のライフをどう生きるか、駆け抜けるか、そこにどの様な喜びを見出すか。結局、走りながら考えていくしかない。人に言われてするのではなく、自分で考えて実行する。当たり前のようだけど、ライフにはこれが重要、そんなことをいつも思っている。
