人生はロングドライブ

多幸感あふれる人生を求めて、気づき感じる日々を疾走中

最後だとわかっていたなら


「最後だとわかっていたなら」、10歳の息子を亡くしたアメリカ人女性が書いた詩、911テロや東日本大震災で話題になったのでご存知の方も多いだろう。

 

極めて個人的な話だが、先日、父親が亡くなった。80歳後半ではあったが。とにかく体が丈夫な人で、この歳になってもフルタイムで働いていた。自営業を営んでおり、自宅近くの町工場で注文家具を製造していた。

 

この日も、いつものように工場から自宅へ帰る途中、どうしたことか転んで頭を打ってしまい、10日ほど入院したが、結局そのまま亡くなってしまった。

 

父は母が亡くなってから一人暮らしをしていた。母が亡くなった時も悲しかったが、今回は呆気に取られるというか、よくわからんままいつも近くにいた人がいなくなってしまった感じだ。

 

毎週日曜日、父と一緒に昼飯を食べるのがルーティンだった。転ぶ前日も一緒に昼食を食べに行ったのだが、いつも行く中華料理屋に入れず、駅前にあった「リンガーハット」に入った。

 

昼時でどこのお店も混んでいたので、たまたま空いていた店に入り長崎ちゃんぽんを食べたわけだが、最後の食事が「リンガーハット」。。。もっといいお店に連れて行けなかったのかなんてことを思うが仕方がない。これが最後なんて思わないものね。

 

ここ最近、年相応に父の反応も鈍くなってきて、時折きつい言葉を返してしまうことがあった。毎週日曜日に実家に行くのも億劫になっていた感もある。だから最近は昼食を終えるとそそくさと家に帰ることが多かった。

 

以前はよくドライブに連れ出していたけど、最近はひとりドライブの楽しさに目覚めてしまい、自分だけで出かけることが多くなった。

 

夏に北海道へひとりドライブ旅に出かけた時も、父は珍しく電話をかけてきて「北海道行くの?」なんて聞いてきた。多分、一緒に行きたいのだろうなと思ったが、一人でお気楽な旅をしたいと思っていたので何も言わずひとりで出かけた。

 

父は我儘というか、これしたい、あれしたいということが一切ない人だった。毎週日曜日の昼飯も、何を食べたいか聞いても「何でもいい」としか言わなかった。これがまた、毎週の昼飯をどこに行くかという僕の悩みにもなっていた。

 

毎日の夕食もスーパーのお惣菜などをレンジで温めてすまし、家の掃除もひとりでこなしていた。そのうち一緒に暮らさなきゃなーなんて思いはしたが、一人の方が気楽だよねなんて都合のいいことを考えていた。そんな矢先。

 

父なりに寂しかったり、辛いこともあったのだろう、当たり前のことではあるが、そんなことを思うともっと何かしてあげられなかったのかと後悔が残る。「これが最後だとわかっていたなら」、わかっていたらせめてリンガーハットではなかったよな笑。

 

それでも長崎ちゃんぽんを食べて「このスープ美味しいな」そう言ってくれた父、家から帰る時はいつも「すみません、ありがとう」と何回も言ってくれた父。いつも人に気遣ってくれた父。

 

自分にそういうことはできるだろうか?いつも不平や不満を漏らしている自分。「最後だとわかっていたなら」、これは相手に対してだけでなく、自分に対しての言葉でもあるのだろうな。後悔のない人生を歩んでいかなきゃな、そんなことを改めて思う。