
雨上がりの濡れた路面をクルマで走るのが好きだ。ヌメっとした走る感触も気持ちがいいし、なんと言っても空が明るくなっていく中、雨に濡れ、街中が光り輝いていく様を見るのが楽しい。まるで雨が街中の汚れを洗い流してくれるかのよう(乙女)。
気のせいか空気もキレイになったように感じる。世界全体に清々しさが満ち溢れている。思わず深呼吸して、出来立ての空気(?)を吸い込むと僕自身も満たされた気がして、ココロが晴れやかになる。気のせいだとわかっちゃいるが、そう感じるのだから不思議なもの。
先日は都心でも結構な積雪があった。僕はずっと、窓辺の椅子に座り、深々と降り続ける雪を見ていた。昼過ぎに雪は小降りになり、空が明るくなってきた。すると今度は、雨上がりの比ではないくらい、街中が輝き出した。むっちゃ眩しい、雪目にもなってしまうのではと思ったくらい(大げさ)。
街中の輝きに照らし出され、部屋の中も明るくなる。晴れた日の明るさとは質の違う明るさ、普段と異なる輝きに照らし出された部屋の中を見て、不思議な感覚に陥る。ここは本当に僕の家なのか?と同時に何故だか嬉しさが込み上げてくる。
あー世界ってキレイだなー、照らし出された家の中もステキだ。なんか世の中がモデルチェンジしたかのよう。こんなステキな空間で何をしたらいいのだろう。
そう思い、思わずスパークリングワインを手に取るが、まだ午後の1時過ぎなのでやめておく。コーヒを温め直し、ちびちび飲む。ヒーターをつけてないから、窓から冷たい空気が伝わってくるが、それもコーヒーにあう。暖かいコーヒーが、いつもより美味しく感じる(単純)。
こうしてボケっとしながら過ごす1日は格別だ。あれしなきゃ、これしなきゃ、時間を持て余すと、ついやることを探してしまう。掃除をしたり、買い物に行ったり、散髪に行ったり。行きたきゃ行けばいいけど、こうしてただただ時間に身を委ねているのも大切だ。
特にこんな雪上がりの1日は貴重な瞬間。こんな光景を目に焼き付けながら、明日は何をしようかと考える。そうすると何か楽しくなってくるから不思議だ。
あれしなきゃ、これしなきゃじゃなくて、あれしたい、これしたい、そんなことがどんどん思いついてくる。
先日、房総フラワーラインをドライブをしていた際に立ち寄った海辺の公園。ちょうどクルマを止めた後ろにブランコがあって、オッサンが一人ゆらゆら揺れていた。横目に見ながら、しばらく公園を散策して、クルマに戻るとすでにそのオッサンはいなかった。
しめしめ、そう、僕もブランコに揺れてみたかった。知らないオッサンの隣で別のオッサンがブランコで揺れていたら気持ち悪いが、一人ならいいだろう。
海に向かって足を蹴り出して前に後ろにブランコしてみる。うーん、こんなのいつ以来だろう。なんか楽しい。
自分の別荘ができたら、僕専用のブランコを作ろう、そんなよからぬことを思ったのもそんな非日常的な光景の元だから。こうしてオッサンは時間を持て余しているようで、有意義に過ごしている。明日は何しようか、楽しいことなんていくらでもある。そう思っている。
