
以前、自分の愛車遍歴(といっても7台しかない)を振り返ってみたけど、その時々に選んだクルマは、すべて必然の結果だということに気がついた。
最初のクルマ、クイントインテグラはまだ学生だったから、2ドアで全然問題なかった。結婚して、ゴルフ、アウディA6アバントとちょっといいクルマに乗りたい系に走った。そのあとは、ルノーグランセニック、デリカD5と子供や親を乗せることが大前提となった。
そのあとは子供も大きくなりセダンのベンツCクラス、そしてひとりドライブ旅を満喫するようになり2ドアのハイパフォーマンスカー387馬力のM440iへと至る。
どのクルマを購入するときも検討に検討を重ねて、そのクルマをチョイスしているのだが、もしかしたら選ばれたのは自分の方ではないか、なんてことを思う。これらのクルマが僕を選んだ、それぞれのクルマを欲している人間として僕を選んだんじゃなかろうかなんてことを乙女に思う。
でもそれも何かしっくりする。その時々の財政状況もあるし、選んでいるつもりで、選べる車も限られている。結局、そのクルマに行き着いたのは必然の結果だったのだろうなーと感じる。
そう考えると、この先、僕はどういうクルマを選ぶことになるのだろうか(選ばれることになるのだろうか)。
もしかしたら孫ができて、2ドアなんていってられなくなるのかもしれない(それはそれで幸せなことだと思うが、いつになるやら・・・)。ミニバンやSUVを選択する自分になるのだろうか?
シニアらしく、もう大きなクルマは十分、なんていって小型のクルマになったりするのだろうか?
前回、スーパーカーもいいかもね、なんて夢想に夢想を重ねた自分はどこに行ってしまったのだろう。まあ、これからのことはわからない、さっぱりわからない。でもわからないから面白い。無限の可能性がある(と信じている)。
SUVに乗る自分、小型のEVに乗る自分、オープンカーのスーパーカーに乗る自分、いろんな自分がこの先に存在する、そう思うと面白い。でもどんなクルマに乗る自分であっても、駆け抜ける喜びを感じられる自分でいたい。いれたらいいなと思う。
いつかは免許を返納する時が来るのかもしれない。その時は笑って、楽しかったな、そういってキーを置きたい(先日、長年乗ったRX7を降りたご婦人が有名になりましたね、こういう人、幸せだよねー)。だからその時まで、機会があれば積極的に出かけて駆け抜ける。そして色んなところに出かけて、色んなことを感じたい。そんな人生を送りたいな、そんなことを思います。
