人生はロングドライブ

多幸感あふれる人生を求めて、気づき感じる日々を疾走中

仕事納めに思う、組織人より一人前の個人でいること


今年も無事に仕事納めの日を迎えることができた。最近は最終日に納会が開かれることは無く、仕事が終わると三々午後に解散となる。

 

最終日は一足早く休暇に入り、実家などに帰っていく人間も多い。テレワークの人間も一定数いるから、飲み会なんかも相当少なくなっている。寂しいなーとは思うが、そういうドライな働き方が浸透してきたのは悪いことばかりではない。

 

飲みに行きたい人間は行きたい人と行けばいい、それだけの話だ。僕はというと、今年はささっと家路についた。最近は仕事も忙しかったのでちょっとお疲れだったこともあるし、飲み会もそれなりにあったので、そっちの面でも少々お疲れ気味だった。

 

周りの人間に気を遣わないでいいのかという話もあるが、もう、その辺は気にしないようにしている。さっきも言ったように飲みたい人間同士で行けばいいだけの話だ。最終日だから飲みに行かねばならない、誘わなければならないという時代ではない。

 

でも、こういう面持ちで最終日を過ごすことができるようになったのは最近のこと。誘わなきゃ悪いかな、組織を盛り上げなきゃいけないよな、年末はこうあるべきだよな、そんなことをずっと思ってきた。要は周りの人やら、こらまでの慣例なんかに影響されてきたんだよね。

 

僕らはもっと自分に正直に生きなければならないと思う。みんなが同じことをする必要なんてさらさらないんだよね。リーダーシップだって同じ、すべて人それぞれ、だからこそ組織は面白い。

 

そこら辺がわからないと、あの人付き合い悪いよねと言ったり、言われたり、つまらないことを気にする必要が出てくる。そういうことに気を使うこと自体が面倒だし、何のメリットもないのにおかしいよね。

 

もちろん、最終日だから飲みに行こうぜーというリーダーシップがあってもいいい。みんなで酔い潰れるまで、今年の余韻を感じ合ってもいい。だけどその場に参加していないと仲間外れにしてしまうような感覚だけはいただけない。

 

今でもそういう感覚を持った人が結構見受けられる。上司は部下を囲い、部下は上司を慮る。そういう飲み会に出るたびに嫌悪感でいっぱいになる。いつの時代を生きてんだよお前ら、そんな感じ。

 

でもかつての自分を振り返ると、そんな中で居心地の良さを感じたことも確かにあった。周りの人がそのようにしていたらか、知らず知らずに自分も影響されていたのだね。

 

ある意味、影響されまくりの人生を生きてきたと言えるが、もうそういった感覚はない。そうしないと自由でいられないことがわかったから。何も組織に反するということじゃなくて、一人ひとりが自由な個人じゃなければ、組織自体が良くならないことがわかったからだ。

 

組織人の前に真っ当な個人でいるべき、これが大事なんだよね。これからの時代を生きていくためにはとても大事なこと。

 

あー、それにしても一年終わったなー、疲れたーという充足感でいっぱいだ。来年はどんな一年になるかわからんけど、自分に素直に生きていきたい。そんな年末を過ごしています。

クリスマスはお家でケーキ