
先月、58歳になった。定年まであと二年、ということで60歳以降はどうする予定か確認される面接が行われた。いま言えるのは、残り二年は全力で働くということ、それだけを伝えた。
僕くらいのシニアになると、皆いろんな検討を始める。すっぱり定年退職して、ゆったりまったりな生活を求めるもの。60歳以降も現役で働くことを志向し、少しでも条件良く長く働き続ける会社への転職を志すもの。たいした意向はないが生きる糧を得るために漫然と雇用延長を希望するもの。
ほんと様々。ちなみにすっぱり定年退職する人も、老後の資金計画など銀行やなんやらに真剣に相談に行っている。ただバラ色な生活を夢見てよだれを垂らしているばかりではない(自分のことのような気がする)。
自分も色々考えねばならないのだろうが、ちっともそんな気にならない。まあ、そのうちお尻に火がついて、色々考えることになるのだろう。
そんな僕だが、不思議なことに最近、仕事に没頭している。この時期になると翌年度以降の事業計画を作ったり、色々考えることが多い。いつの間にやら年末なので、今年度に予定していたことをやりきるための策も色々講じなければならない。
自分でも不思議に感じる。あと二年で定年なのに何でこんなに仕事してるんだろうって。ここ数週間は土日も家で仕事をしている。
事業計画にしても、後二年で退職する人間が考えていていいのだろうかと思うが、全然構わないと思っている。よく、中期計画なんかを検討していると50後半の人間が、色々意見を言ったあとに「まあ、その頃自分はいないけどな」みたいなことを言ったりする。
本人は自虐的に笑いをとりに行ったつもりなんだろうが、はたから見ると、だったらいますぐ辞めてくれ、口出さないでくれと言いたくなる。実際その頃の自分はそう思ったし、そういう人にはなりたくないと思った。
だから、事業計画を検討していても「その頃自分はいないけど」みたいなことは絶対言わないようにしている。確かにいないかもしれないけど、自分がいてもいなくても組織はあるわけだから、その時に組織が最善の結果を得ることできるよう検討するのが「今の」自分の責任だ。
最近は特にそう思って仕事をしている。よく、練習を全力でできない奴が試合で全力を発揮できるわけがないなんて言う。
後二年をエクスキューズにして、今の仕事に全力で取り組まない人が、定年後の充実した生活に取り組めるはずがない。ほんとそう思う。心底そう思う。
だからまず、後二年、全力で働こう。今はそれしか考えられない、我ながら不器用なオッサンなのでした。
