
最近の週末、土曜日は何もしないと決めている。どこかに出かけるでもなく、掃除をするでもなく、カラダを鍛えるでもなく(普段からしていないけど)、ボーッと時の過ぎゆくままに身を委ねる。
これが至極気持ちいい、というか快適だ。若い頃はせっかくの休日だもの出かけなきゃ、どこどこに新しいアトラクションができたそうじゃないか、紅葉が見頃みたいじゃないか、なんてことが気になって仕方がなかった。
といっても、元々が出不精だからどこかにセッセと出かけることはなく一日が過ぎ去った。すると今度は、貴重な休日を何もしないで終わらせてしまったことへの後悔の念が湧いてくる。だからなのか、休日は時間が過ぎて行くごとに焦りを感じ、何もしていない、充実した休日を送れていないことに後悔の念を滲ませることが多かった。
なんだけど、最近は休日だからといって、充実したことをしなければいけないという気持ちがなくなった。というかそういうことに興味すら沸かない。
出かけることもなく、一日中家の中でのんべんだらりと過ごす。これが無茶苦茶気持ちいいことを発見してしまったのだ。何もしなくていい時間を何もしないで過ごす贅沢さ、それを知ってしまった。
普段はやらねばいけないことに追っかけられている毎日だ。せっかくの休日だもの、あれやらなきゃ、これやらなきゃ、そう言ったことから解放されたい。そう思うようになった。
何もしない一日といっても、ずっと寝ているわけではない。朝食を食べ、シャワーを浴びて、コーヒーを飲む、気が向いたらブログを書いたりマンガを読んだり、お腹が空いたら昼食を食べ、窓の外を見てボーッとする。ボーッとしながら、今度の一人ドライブ旅はどこに行こうかと考えを巡らせたりする。
夕方になるとスパークリングワインの栓を開け、夕暮れに染まり始めた空を見ながら乾杯する、シュワシュワの泡を飲み、今日の一日に感謝する。そんな日々がすごく贅沢な一日であることを知ってしまったのだ。
休日にはどこかに出かけねばならない、充実した時間を過ごさねばならない、そんな思い込みに囚われていたと痛感する。一体誰に求められてそんなことをしようと思っていたのだろうか。
充実した時間というのは他人が決めることではない、世間一般に決まっていることでもない、あくまで自分自身が決めることなのだ。自分のココロに素直に従う一日、それが最近の僕の休日の過ごし方、土曜日の過ごし方だ。
こんなだから毎週末を迎えるのが楽しくて仕方がない。家族や友人とは日曜日や、平日に休みをとって出かければいい。土曜日は僕だけのもの、そんな時間があってもいい。今を生きているこの時間は僕だけのものなのだから。
意外とみんな知らないんじゃないかな。もっと自分のために時間を使った方がいい。そして自分のココロに従って時間を過ごすのがいい。それが充実した人生を過ごす秘決ではないかと最近本気で思っている。
