
中学生の頃は勉強しながらずっと音楽を聴いていた。静かな中で勉強をする方が集中力が上がらない気がした。
かといって、聴いている音楽はBGMで流しているかと言うと、そんなこともなく、お気に入りの音楽を口ずさんだりしながらしっかり聴いていた。深夜ラジオなんかもその類、オールナイトニッポンとか聴いてケラケラ笑いながら勉強していた記憶がある。
それじゃ、さぞかし勉強に身が入らないよねと思いきや、そんなこともなく、しっかり覚えることは覚えられていた。逆にドラマなんかを真似て、静まり返った図書館なんかで勉強した方が成績は悪かった。
今考えると不思議なもの。当時は、いわゆる「ながら」勉強ができていたのだ。
これって、きっと脳みそのキャパの差だと思う。当時の新鮮な脳みそであれば、複数インプットを互いに聞き分け、判断することができていた。インプット同士が重ね合わさることで逆に脳みそが刺激されて、性能を引き出すことができていたのではないかと思う。
今はどうか。ご想像の通り、脳みそのキャパはダダ下がり。「ながら」なんてとんでもない。シングルタスクであっても集中力が続かない。実際、最近は午前中の9〜12時がゴールデンタイムで、それ以外は流しているだけ。
最近はそんな自分を認識しているので、無駄に頑張ることはしない。考え事や大事なことは午前中に済まし、それ以外の時間は頭をあまり使わないことに当てている。そんな時に頑張って難しいことを考えてもいいアウトプットは出てこない。これは単なる時間の無駄、そんなことがわかるようになったのは最近のことだ。
では、いつまで「ながら」ができていたのだろう。たぶん二十代までではないか。当然ながら人によって差があるだろうが、僕はそんな感じ。
もっとその頃に勉強しておけばよかったな、なんてことは正直思わない。それよりも、そんな時期にいろんな経験を積むことの方が大事だと思う。今思えば、もっといろんなことすればよかったな、なんて思うが、やるやらないも自分が決めていることだから仕方がない。
一番良くないのは、そんな脳みそが柔らかな時期にルーチンワーク的なことばかりをすることだ。たぶんその頃は、むちゃくちゃ効率的にルーチンワークが出来てしまう。
これって、とっても勿体無いこと。能力があって、単純な作業をこなすことは楽だから、そちらを選択してしまう気持ちもよくわかる。だから、そんな状況の人がいたら教えてあげたい。君はもっと色んなことができるよと。
大きなお世話だろうが、やわらか脳みその時期は限られている。だからその時期にやるべきこと、やりたいことができるかどうかが重要だ。仕事だけではなくて遊びやプライベート。やりたいことから逃げずにやりきることが大事。
でもこれって、シングルタスク(しかも限られた)しかできないおっさんにとっても大事なことかもしれない。できる総量が少ないのだから、本当にやりたいことだけやりたいもの。そんな心がけが若い頃以上に重要だ。
こんなことを考えると、若くてもおっさんであっても、やるべきことは一緒ということだね。やりたいことは、それができるタイミングで全力でやる。そういうことではないかと思います。
