最近、定年で会社を去る人が多い。2~3年上の先輩たちが定年を迎え会社を辞めていくのだが、これまでは60歳を前に関係会社などに転籍し、60歳以降も働くパターンが多かったと思う。
でも最近は、60歳でスパッとやめてしまう人が多い。もちろん雇用延長という制度はあるのだが、技術系でない職種にはあまり需要がない。というかろくでもない職種しか与えられないため、幹部になった人間でない限りは現場で小間使いさせられるのがおちだ。
そんなこともあり、自分のまわりでは60歳でやめていく人間が比較的多い。自分的にはいいことだと思う、請われない仕事を続けたって何の意味もない、ましてや自分でしたくない仕事を60歳を過ぎてまですることはない。
なんだけど、やめていく人にこれから何をするんですかと聞くと、明確な答えを返してくれる人は少ない。意外と多い答えが「介護」。そうなんだねー、これが世の中の現実なのかもしれない。
また、先日、久しぶりに同期の人間に会ったら、来月やめることにしたという。定年を待たずに自分と同じ57歳でやめることにしたらしい。理由を聞いたら、「もういいかな」と思ったからだという。
実はこの答え、60歳の定年を迎え辞めていく先輩たちからも同じ言葉を聞いた。「もういいかな」、皆なんか寂しげにこう言うのだ。
来月やめる同期は自宅が関西にあるが、現在、駐在している福岡から戻れそうもないので「もういいかな」と考えたらしい。
サラリーマンは気楽な稼業ではあるけれど、手に職がない、組織の中でしか生きていけない可哀そうな人種なんだよね、グスン。
40年近く同じ会社で仕事をしてきてさ、最後の最後が「もういいかな」というのは切ない。本当はみんな仕事を続けたいのだろうが、会社はそんなことを本気で考えてくれない。できればシニアの活用は本当に役に立つ人だけ安価に働いてもらい、組織の若返りを図りたいのが実態。
だからね、会社に頼っていてはダメなんだよ。でも、会社に頼っているからこそ成立していたお気楽サラリーマンの生活。そこから計画的に卒業することが、我々オッサンには求められる。
やめていく同期に仕事はどうするのか聞くと、年金と退職金で足りない分はバイトでもすればいいと思っていると言っていた。それが自分のしたいコトであれば何も問題はない。でも、会社を「もういいかな」で卒業して、仕方なく生活費を稼ぐ、それはどうなんだろうと漠然と思う(もしかしたらそれなりに蓄えがあるのかもしれない)。
自分も60歳で定年を迎えたらスパッとやめようと思うが、その後は自分のしたいコトだけして生きていきたいと思っている。
そんな自分は定年を迎える時にどんな心境になっているのだろう。皆と同じように「もういいかな」そう思うのだろうか。「自分はもう十分働いた、満足だ。だからこれからは自分の好きなことだけして生きていく」そう言って新しい人生を迎えたい。それがオッサンのしがない夢であり目標だ。
だから、あと3年、今の仕事を頑張る。今年の目標は「仕事はホドホドにする」と決意したばかりなのにおかしな話。でも、「もう十分」そう思えることも重要、なんてことを思ったりする。オッサンライフも難しい。