人生はロングドライブ

多幸感あふれる人生を求めて、気づき感じる日々を疾走中

インプットよりアウトプット



最近、本を読まなくなった。もともと小説は好きではない。必要以上に感情移入しすぎてしまうのだ、後味の悪い物語を読むと引きずってしまう。

そんなだからエッセイとかノンフィクションとかをたまに読む程度。でも最近はそれ自体も減っている。あまり興味をそそる面白い本がない。

映画やテレビドラマなんかはもともと見ない。どちらかと言えば好きではない。一番の理由は時間を拘束されるから。

これから二時間拘束されるのかと思うと見る前から億劫になる。それに小説と同じで、後味の悪いストーリだと嫌な気持ちが残るから、見ること自体が面倒くさくなる。せっかちで面倒くさがり、その通りのオッサン57歳だ。

世間一般には本や映画などで知見を高めることが推奨される。いろんなインプットを得ることで自分の引き出しを増やす。だから本を読め、知識を増やせ、みたいなことを子供の頃からずっと言われてきた。大人になってからも常々言われてきた。

でも思う、もうインプットはいいんじゃない?

そう、もうインプットはホドホドでいい。特に自分に興味のないことを無理にインプットする必要はない、頑張って学習する必要なんてない。自分が知りたいコト、知的好奇心を刺激されることだけを吸収すればいいと思う。

だって、これまで散々インプットしてきたのだもの。これ以上増やしてどうするのさ。それより僕らオッサンはアウトプットにこだわる、自分の知見や考えを活かして何をするかが大事、そこに重点を置いたほうが絶対いい。

若い頃は「将来」のために色んなことを学習してきた。大人になってからも資格試験とか、「将来」活かせることを目的に取り組んできた。

でも、僕らオッサンはすでにその「将来」にいる。だから、これからのためではなく、今活かす、とっとと活かす、そこに注力しなければ「将来」は終わってしまう。だから、とにかくアウトプットにこだわる、これがオッサンの使命。

このブログだってそう、つまらぬ雑文を見てくれている人がいれば、えらく奇特な人だと思うしありがたくもあるのだが、これは僕自身のアウトプットのために書いている。自分の思うことをとにかく吐き出す、これが自分にとって必要なこと。

そんなこと思って書き始めると、書きたいことがたくさんあることがわかった、アウトプットしたいことがたくさんある。自分ってこういうことを考えていたんだということがわかって面白い。

僕はこういうことがしたかったんだ、こういうことに興味があったんだ、なんてことが分かってくるのは楽しい。自分のことは自分が一番わかっているなんて言うけど、意外と知らないもの。

ブログに限らずだけど、どんどんアウトプットしていく毎日が必要だ。幸い今はSNSとか自由気まま、我がままに発信できる媒体がいっぱいある。

もちろん発信しなければいけないなんてこともない。だって自分のためのアウトプットだもの。人に見られるように、人から評価されるようになんて考える必要はさらさらない、というかそういうふうに考えること自体がおかしい。

自分の思うことを自由気ままにアウトプットしていく、インプットはホドホドにして自分が興味あることだけに限定する。そんな生活はとっても楽しいに決まってる。

子供の頃から散々インプットしてきた毎日、それを考えもなく続けるのはやめた方がいい。これからはアウトプットにこだわる、そんな人生がいいと思う、きっと楽しいと思うよー。

映画「二十四の瞳」のロケ現場(映画は見ていない)